カテゴリー別アーカイブ: 人に学ぶ

本当の自分とつながる

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こんにちは。人生に花咲きコーチYUIです。

ふとした瞬間、誰かの言葉や出来事から
「ああ、そうだったのか」と気づいたり、
全く違う考えが浮かんでくることってありませんか?

昨日は、知り合ったコーチ仲間の素敵なプロカメラマンが
都内から我が家に来てくれて、自宅で自画像の撮影をしました。

彼と2人で、一日中、
たくさんの会話を重ねながら、
200枚以上の写真を撮ってもらいました。

私の人生の物語を語り、
彼の人生の物語を聴き、
思いを語り合う。

ゆったりと時間が流れていく中、
「写真」という世界の魅力を味わいながら、
自分について振り返り、
自分の可能性に気づき、
自分の希望につながる。
とても、豊かな時間を過ごしました。

『写真を撮っているとね、
被写体の方が、自分に気づいていくことがあるんだよ。
自分って、こんな表情をしているんだ。こんなふうに見えるんだってね。
人から見て、どんな表情が素敵なのか、生き生きしているのか、
あなたらしいのかがを知ることが、大事なんだよ。』

自分を少しでも、ステキに見せたい。
写真を撮られている時って、
そんなことばかり考えて、表情を作ることに懸命になっていたけれど・・・。

「どうしたら、若く綺麗に見えるか(シワも増えた・・)」
ではなくて、その瞬間も自分らしくいる。

自分の思い描く理想像。
ではなくて、幸せな、自分とつながる。

だんだん、そういう自分になりながら
自分の写真を見せてもらうと、
最初、綺麗に見せたいと意識して撮りだした時より
俄然、生き生きしていく自分を発見しました。

「思い」がある自分。
「希望」がある自分。
「幸せ」な自分。
希望と幸せは、いつも「誰か」と共にある自分。

そうした思いに包まれながら、
頭に浮かんできたのは、「家族」。

大切な、自分の根っこ。
大切な、自分の土台。
大切な、愛する人達。

本当の自分の思いにつながって、
自分の思い通りにしようとせず、
「過去」のわだかまりや
「未来」の不安を手放して、
本当の願いとともに
「今」を大切にする。

おひさまの朝の光に包まれていたら、
そんな思いに包まれています。


(*カメラマン、小林昇平さんの2015写真カレンダー!只今、販売中です)

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人に学ぶ第4回~カリスマインストラクター都丸律子さん後半編~

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こんにちは。人生に花咲きコーチYUIです。

「人に学ぶ」は、魅力あるリーダーに突撃インタビューをさせていただき、お伝えするブログです。
成功を導き出す考え方、人との関わり方、行動など、その人が歩んできた生き方のエッセンスを伺いながら、
今を懸命に生きる私たちが、よりよく生きるヒントを見つけていただければと願い、お伝えしていきます。

リーダーを一言で言えば、人との関わり方が上手い人。

その発言を聴いた人が「そうだ」と思い、リーダーが描くゴールに向かって、協力しようと行動を作り出せる人。
そこから始まる様々な現実の中で、常に人に望ましい影響力を発揮し続け、人を行動に駆り立て続け、引っ張っていく人。
リーダーには、様々な定義があると思いますが、そんな魅力溢れる人こそが、真のリーダーではないでしょうか。
また、そうした人に共通して言えることは、自分との関わり方を大事にしていることだと思います。
自分を「木」に例えるなら、まずは根っこをどっしりとはり、そこから充分に養分を吸い、育てていく。
その土台から、人との向き合い方、行動を作り続けている人ではないかと思うのです。

今回、率直にご自分の根っこと行動を語って下さるのは、長い間、地元で活躍し続けているエアロビクス系カリスマインストラクターの都丸律子さんです。

どの世界でも、こうしたら成功する、なんてシナリオはありませんが、自分を信じ、走り続け、常に自分と向き合いながら、どうしたら人から認められ、喜ばれるのかを今も模索し、行動し続けている、そんなチャレンジャーの律子さん。

その歩む道は、常に人の憧れ、笑顔に包まれています。
都丸律子さんの心情、信念をお伝えします。

 

ものさしは「好き」か「嫌いか」

(ここからは、律子さんの一人称の語りです)

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こういうふうに生きるんだって、生まれてきた気がする

絶対に今生では、思うように生きるんだ、って、強い決意を持って生まれてきた気がします。
自分が自分として生きていくことが世の中のためになっていると信じていますしね。
振り返ると、学生時代には、もう、そう決めていました。

何故か、わからないけど、強く心に思うこと、決めたことを実行し続けています。

 

私の基準は好き・嫌い

私は、運が良いです。

新しいプログラムを仕事にしようとすると、実現し続けてきました。
そのためには、先ず、プログラムの資格試験に合格しないと、レッスンできません。
私の場合、合否の結果前に、スケジュールに組み込んで頂いたりして
合格せざるおえない感じになっていったりしてね。

だけど、流行るとしても興味がないことはしません。
その基準は、自分が好きか、嫌いかだけ。

だから、好きなことだけってことになるのかな。

 

夢中になる

インストラクター業は、自分が好きで、やりたくてやっているわけです。
好きでしている仕事ですから、本当に夢中になって進んできました。

夢中になることは、自分の中に引き出しを創っていくことではないでしょうか。
うまくいった経験も、いかない経験も大事。
行き詰まったときは、プラスに向く本を読む。
自信がなければ、研修や優れた人に学ぶ。
人と話す。

様々な経験と思いが、だんだん潜在意識のなかに入っていて、その時は結果として出てこなくても、
忘れたころに、ふわ~っと出てくるように思います。
「あれ?昔、思い描いていたことが現実になっている。いつの間にかここに居る。」
そんな感じでしょうか。

最近は、自分がこうしたいと思い描くと、不思議な感覚に包まれることがあります。
既に達成した自分から、今の自分を眺めている感じ。
「できて当然。今はこんな途中にいるんだね。」
そう、自然に思えるような感覚です。

でもね、結果は、最初から決めていたのかもしれません。
「できる」って。

もったいないなあ

インスラクターの査定をするときに、
「この人、あがっちゃっているんだろうなあ、もったいないなあ。」
と、思うことが時折、あります。
きっと、ご本人も終わったあとに、もっとリラックスしてやればよかったと、思うのではないでしょうか。

私自身も、最初の頃は、オーディションを受けるときに、ずらーっと後ろで人が見ていたり、準備なくいきなりやれと言われたりしたときなど、もうドキドキして全然できなかったことが何度もありました。
「もう、逃げたい。」
「この場に、いられない。」
そんな思いから、オーディションに不合格になったり、恥をかいてきました。

なぜ、そんなにあがったのかと考えると、結局、自信がなかったのです。
絶対あがりたくない。そのためには、どうしたらよいのか?
それを知る、大切な学びだったかもしれません。


自信を引き寄せる

本当は、人に教えるより「踊り手」が向いていると思っていましたが、教える仕事を選択した以上、踊るだけでは、通用しません。
最初は、苦手意識がありましたが、踊る以外に、その場においてのコミュニケーションや、理解していただく・引っ張っていくための技術が必要になったのです。

必要と思うことは、身に付けようという方向に気持ちが向きます。
実人生も、そうした連続でした。
レッスンクラスで、教えられるようになったかと思いきや、
大会で人前でのリード役を頼まれたり、講演をして欲しいと頼まれたり。
仕事の幅やジャンルが増えていっても、私にとって大事なことは、自信をもって臨みたいのです。
自信がないと、うまくいかないですから。
だから、今の自分に必要な知識や技術は常に取り入れようとします。

そして私のレッスンを受けてくださった方には、
今日、私がここまでやろうと思って提供していることができなくても良いけれど、
その人を、おいてきぼりにはなるべくしたくない。
そのためにも、今の自分に必要な知識や技術は、常に取り入れようと思っています。

私自身、自信がある自分を好きでいたいし、ね(笑)。

 

好きなことはよく見える

レッスンの時は、何もかもがよく見えている気がしています。
様々なクラスを複数担当していて、一番、難しいレベルは、事前に構成を考え、提供していますが、
他のクラスは、その時々の受講者を見て、初めての人がいたり、レッスン中の受講者の動きを見て、
その瞬間瞬間で創り出していく感じです。
仕事や好きなこと、興味あることは、ひどく視野が広いのだけれど、仕事以外は、見えなくなっちゃうのかもしれません。
自宅でも、「これ、見えないの?3日前からあるよ」と言われて、初めて気づいたりすることも(笑)
意識してるわけじゃ、ありませんが、自分の中に、強烈なON・OFFがあるのかもしれません。

よく家族や知人から「自由人」って呼ばれています(笑)



振り付けは手段

何の為にしているかといえば、カラダをちゃんと使って動けるようになるためにレッスンをするわけです。
振り付け通りに、なんとなく動けるようになることが目的ではないのです。
振り付けは、手段ですから、毎回、参加している人を見て、動きを組み立てています。

ただ、振り付けそのものを楽しむクラスは、別。
より美しい動きになるよう、構成も組み立てますし、みなさんにもそう指導します。

 表現することが大事

様々な指導者との出会いで学んだことは、素晴らしい人は、言葉も素晴らしいんだということでした。
みなさんが一番やりやすい、動きやすいようにやっていくには、話すことも大事だと
思い、どう会話していくか、言葉の研修なども、よく受けていました。

うまく表現できないことって、とても嫌ですからね。

 

感謝する

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インストラクターも人間。様々な方を見てきました。
また、私自身、様々な体験を経てきて、今、とても思うことは、
来てくれる方がいてこそ、仕事ができるのだということです。
その方の貴重な時間を割いて、レッスンめがけて来てくださる事実です。

そして、みなさんがニコニコしているのを見ていると、私も元気になります。
そうしたプラスの連鎖の繰り返しが、心の支えになってきました。

仕事は大好きで努力し続けていますが、人に支えられてこその積み重ねであり、
関わっている多くの方に、今、感謝の気持ちでいっぱいです。

あるがままに
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Q.人を動かす、人と一緒にやる中で、意識していることってどんなことですか?

自然体かなあ。
「こうあるべきだ」とか、「こうじゃなきゃならない」と思うと、ストレスを感じるし、一つ線をひくことになってしまう。
だから、なるべく自然体でいたいと、思っています。
いい人ぶらない。
自分を大きくみせようとしない。
立派に見せようとしない。
なるべく、素直に、あるがままの自分でいるようにしたいと思っています。

だって、作って見せてもわかるでしょ?みえちゃうでしょ?
人から見れば、わかりますよ。

だから、作りたくない。
ちゃんと自分でいることが、大切だと思っています。

来たければ来る。来たくなければ来ない

自分でいることは、来てくださるみなさんにとっても大切ではないかと思います。
時折、本当は、レッスンの途中で出たいけど、申し訳ないから最後までいなくっちゃ、と、いう人がいますが、
そんなことないのになって、不思議に思います。
また「できるかな・大丈夫かな?」という人もいらっしゃいますが、
「無理せず、途中まででも良いのですよ」と、言っています。

人に気を使う必要はないのです。
もし、つまらないと思っていたら、30分でも1時間も自分の貴重な時間を使う必要はないのです。
だから、「どうぞ、どうぞ」という感じ。

いつの頃からか、そう思いだして以来、私と関わる方たちから、時折、こんなふうに言われます。
「先生って、媚びないからいいんだよね」
「りっちゃんは直球だから、わかりやすくって良いわ」

昔は、自分の思い通りにしたいとか、いろいろなことを思いましたが、
自分が懸命に努力しても、どう感じ、受け取るかは、相手次第。
自分自身、より自然体を目指すうちに、少しずつ、人に対しても考え方が変わっていったのかもしれません。

レッスンは、舞台

レッスンをしていて、私ひとりで引っ張らないし、動かしているつもりもないのですが、
いつも、みなさんが自ら動いてくれている気がします。

それって、私から見ると、とても、楽しいのです。

気持ちとしては、舞台を見ているような感覚になります。

 

好きなことだけする

まあ、そうは言っても、夢中になることも、限度があります(笑)
私の場合、例えて言えば、一昔前の企業戦士みたいだったのかもしれません。
今にして思えば、無茶でした。

最も忙しかった頃、最初に全身にじんましんが出ました。
けれど、あまり気にせずにいたら、今度は、過呼吸になりました。
心の病と言われても、まあ、鈍感だったかもしれません。
カラダとココロが反応したこの経験から
「自分のことはわからないなあ」と思うようになりました。

そうした出来事を通して、決めたこと。
それは、好きなことだけする。嫌なことはしない。ということです。

昔は、我慢して「はい」ていった時もあったけど、やめました。
自分が求めるものを引き寄せると思うし、無理してもうまくいかないと、今は思います。

だから、好きなことだけする。
そうして、自分につながっていることが大事だと思います。

目指し続ける

ずっと昔、教えてもらったピアノの先生。
この人に習うと、こんなに早く弾けるようになるんだと、実感したことがありました。

また、様々な指導者に師事してみて、本当に一流の人に習うと、5年やってできなかったことが3ヶ月でできるようになるんだと知ったのです。

私もそういう指導者になりたいと思っています。
100回言われても、一向にうまくできないのではなく、いつの間にか自然に動けるようになっていく。
なるべくわかるように、体がちゃんと使えるような指導者でありたいと願っています。

 

この先のビジョン

私は、フリー。

最初は、姉御肌と、よく思われます。
でも、実は、抜けていて、周りの方がよく面倒を見てくれます。

私自身、経営するなんていうタイプではないし、フリーだからやっていられると思います。
自由が大事なのです。

Qこの先は、どうしていきたいと思っていますか?

自分の感覚を信じ、自分の好きを信じて、進んで行こうと思っています。

全然違う世界を覗いたり、違うジャンルの友人も増やしていったりしたいなあ。
自分では狭い世界にいると思っています。
なにも知らないじゃないって思うのです。

だから、その枠を超えて、もっと、人を見てみたいと思います。

10年後は?

もっとゆるい感じかなあ。
活躍する場は、エアロビばかりではなくて、何か伝え手になれたらいいなあと思っています。

ビジョンは明確ではないけど、迷っている人に方向性が示せるといいかなあと思います。
もちろん、今のことも続けていって、更に進化したいですけれどね。

出来そうなことって、いっぱいあると思うのです。

この先、何が起こるかわからないけれど、本当に思っていること、伝えたいことをきちんと言葉にして
発信し続けようと、思っています。

「もう年だ」などという感覚は、ありませんよ(笑)
この先も楽しいことがいっぱいあるのですから。

 

最後に

律子さんのお話、いかがでしたでしょうか?

「過去と他人は変えられないが、自分と未来は変えられる。」
私は、律子さんのお話を伺いながら、その言葉を強く思いました。

誰しも、物事や人間関係が、うまくいかない時があります。
その時、今ある現実の、どこに焦点をあてて考え、決め、行動を起こすのか?

「何ができるのか?」に常に焦点を当てて考え、新たな行動を起こし続ける律子さん。
その実人生を伺い、勇気と希望を私自身もいただきました。

生きている限り、私たちには「未来」があります。
その「未来」を創り出すのは、「今」の自分だけ。

お読みいただいたあなたの豊かな未来を心よりお祈りします。

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自分の人生のリーダーになる

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こんにちは。
人生に花咲きコーチYUIです。

「人に学ぶ」は、魅力あるリーダーに突撃インタビューをさせていただき、お伝えするブログです。

「リーダーって、どんな人だと思う?」

そう、聞くと
「人の上に立つ人」「人をまとめる人」「人を引っ張っていく人」
などの答えが多くの人から返ってきます。

では、そうしたリーダーとは、どう自分と向き合っているのだろう?何を支えに生きているのだろう?
そう思い、実際にリーダーシップを発揮している人達に聞いてみようと思って、このブログを始めました。

こんな例え話があります。
ある靴会社の営業マンが、ある地域の営業を命じられ、赴任しました。
けれど、行ってみると、そこの人たちは「裸足で歩く」のが常識の地域でした。
さて、あなただったら、どう思いますか?
A「ああ!なんて,自分は不運なのだろう。こんな地域で靴なんて一足も売れるはずはない。」
B「やった!誰も靴の良さを知らないのだから、ここはチャンスの宝庫だ!」

自分が見ている現実をどう捉えるか?
Aの考えから、生み出される次の選択は、どうでしょう?
Bの考えでは?

この例え話、私たちの現実でも起こることではないでしょうか?
嫌なことを言われた、された、思い通りにいかない・・・。
それが、つらいことであればあるほど、自分の不運を嘆いたり、なんであんなことしたのかと自分を責めたり、
運が悪かったと人のせいにしたり、環境を嘆いたりしている声をよく聞きます。
けれど、人生とは、そうした起こる現実をどう捉え、次の行動を考え、起こしてみることの連続です。

インタビューさせていただく人たちに伺って、見えてきたもの。

それは、うまくいかない連続でも、人や環境のせいにしない。
逃げない。あきらめない。
どうしたらできるか、どうしたらより良い結果に向かうかを一心に考え、行動し続ける。
そうした強さを持っている人なのだと思いました。
そして、その強さの土台は、
自分を信じる。勇気を奮い起こし、歩んでいく。
自分の人生は自分で創り出すんだと、揺るぎなく決めている人たちなのです。

人は、行動の結果で判断しがちですが、
行動を作り出しているのは自分の心。
自分とどう付き合っていくか、こそが土台。

日々のなかで起こる、ちょっとした嫌な出来事、人とうまくいかないこと、思い通りにいかないこと。
大なり小なり、様々なことが起こる時に、
どう自分の人生を創っていくか?
どう自分自身の人生を舵取りしていくか?
を意識し、言動を創り出すこと。
小さなことかもしれませんが、その積み重ねが大事なのだと思います。

 

今の状況を突破する。よりよい前進に向かうヒントになる。

「人に学ぶ」では、実人生で、懸命に歩み続けている人達の話から、
そんな何かにつながりたい、読んだ方もつながって欲しいと思って、始めました。

次回は、「都丸律子さん」の後半編です。
都丸さんは、地元エアロビクス界で、第一線で活躍し続けるカリスマインストラクターです。
スポーツは結果の世界。勝ち負けが明確に、その都度、現れる世界ですが、それは、エアロビクスも同じ。
常にその瞬間で、勝負し続けている人です。
自分とどう付き合うか、自己管理を常に求められ、常にその結果に向き合う中で、
自分を信じ、夢を描き、目標を明確に定める。常に自分を勇気づけ、前進し続ける。
その行動の原動力になる自分との付き合い方、支え方をお伝えしていきたいと思います。

ぜひ、ご期待ください。

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突き動かされる。つながる。

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人生に花咲コーチ、ユイです。

人に学ぶ「番外編」です。

先日、私のリーダーブログを読んだ方から、
「子どもが運動系大会で、プレッシャーにつぶれ、
実力が発揮できず、落ち込んでるんだよね。
ぜひ、読ませたい。」
と、言ってくれた。
その落ち込みたるや、見ててかわいそうなほど、だそうだ。

子供に限らず、大人も、そんなことって、たくさんある。
「人前で上がってしまい、プレゼンがうまくいかなかった」
「あれだけ、準備したのに、本番でうまくいかなかった」
様々にうまくいかないことがある。

私自身も同じ。
その度に「失敗は成功の元」と、思って、
何をやらかしても、その先があると
心に言い聞かせて、日々、すごしてきたし、今も同じだ。

でも、今回は、様子が違った。

育児系コーチング講座のご依頼は、時折舞い込み、
長年、提供し続けている。
一番、最初の講座は、受講者のママたちの冷た~い視線に包まれ、玉砕。
死にたい思いで帰宅したのも、今では、良い思い出で、
最近は、回数を重ね、コンテンツも構築し、淡々とできるようになった。

でも、今月末の講座は、スタートから違った。
お友達から、我が子が通う学校での講座依頼の1本の電話。
その思いを聞くうちに、ぐいぐい惹き込まれていった。
そして、学校に事前インタビューに伺ってみて目撃したのは、
先生方の子どもに向かう純粋でプロフェッショナルな対応だった。
まっすぐに、立ち向かっているその姿に感動しながら、
こんな学校があるんだと、思った。
そして、保護者の苦悩。
メールで、「先生に質問」も頂いた。

何か、違う。

そんな折、娘の同級生の死。
余命数ヶ月で入学したそうだが、3年生の秋、逝った。
最後まで、希望大学に夢をつなぎ、病床で勉強を続け、
発表の日に逝った。
今も書きながら、涙がでてくる。

その2つの出来事が、私を突き動かした。

生きている「今」しかない。
私が関わる方に幸せになって欲しい。
コーチングを役立てて欲しい。

そう思って、矢も盾もたまらず、一晩で一気に冊子を書き上げていた。
全49ページ。
その後、修正もしたが、10日間で完成。
そして、最初に講座を依頼したお友達にデザインをお願いした。
彼女は、チラシや様々なツールのデザインのプロ。
売れっ子で、相当忙しいのだが、快く請けてくれて
短期間のなか、徹夜で、仕上げてくれた。

今、手元にある印刷前の原本。
こんなに素敵な仕上がりになるなんて・・・。

自分で書いたのに、読んで、感動しているのは、
どういうものかわからないが、
自分ひとりの思いから離れ、多くの人とつながっている感じ。
とでも、言えばよいのだろうか。
自分のものであって、自分のものではない気がするのだ。
神様に書かされた感じだ。

生きていれば、必ず行動し、そこから未来を創り出す。
自分の努力で克服し、前進していくものだと思うが、
自分の思いを手放して、もっと、深いところにつながると
自分でも信じられないようなチカラが出る体験だった。

何のためにしたいのか?
自分がする行動の先に、それを見て、聞いた人、体験した人に
どうなって欲しいのか。
仕事だって、同じだ。

そして、人と分かち合い、感謝し、思いにつながる。
そんな素晴らしい体験だった。

全てに、心から感謝。

 

 

 

行動する理由は、様々ある。

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人に学ぶ第4回~カリスマインストラクター都丸律子さん~

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こんにちは。
人生に花咲きコーチYUIです。

「人に学ぶ」は、魅力あるリーダーに突撃インタビューをさせていただき、
お伝えするブログです。
成功を導き出す考え方、人との関わり方、行動など、その人が歩んできた生き方の
エッセンスを伺いながら、今を懸命に生きる私たちがよりよく生きるヒントを見つける「何か」につながればと思い、お伝えしていきます。

リーダーの定義。
大事な要素のひとつに「覚悟を決める」「自分とどうつながるか?」が挙げられると思います。
自分とうまく付き合い続けることは、リーダーとして、とても大事なことではないでしょうか?

今回、登場するのは、スポーツの世界で第一線で活躍し続けるカリスマインストラクターです。
スポーツは結果の世界。勝ち負けが明確に、その都度、現れる世界です。
常に勝負の世界では、自分とどう付き合うか、自己管理を常に求められ、常にその結果に向き合わざる負えないと思います。

エアロビクスの世界においては、クラスに何名参加しているかが存続の評価指標となります。
そうした常に人に足を向けさせ続けるために取り組むるリーダー、
カリスマエアロビクスインストラクターの都丸律子さんの話をぜひお読みください。

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都丸律子さんに、「肩書きは伺ったところ・・・
「日本体育協会公認スポーツ指導者」
「群馬県エアロビック連盟理事」
「某大手スポーツクラブサポートアドバイザー」
「全米アクアエクササイズ協会認定インストラクター」などなど、
ご本人も思い出せないくらいの様々な資格を持ち、役割を担っている方です。
直近では、「シナプソロジーアドバンスインストラクター」の資格取得など、
新たな挑戦もし続けていらっしゃいます。
また、時に聴衆の前で講演を求められたりと、ジャンルを超えて進化し続けている方です。

長年、ライフワークとして週20本のレッスンをこなし続け、時にインストラクターのオーディションの評議員を努めたり、プロ向けのエアロビ大会のリード役をこなしたりなど、華やかに第一線で活躍し続け、ファンクラブまである、魅力あふれる人です。

私も、エアロビ大好き人間でウン十年続けています。
素敵なインストラクターのレッスンもたくさん受けてきましたが、
ずっと同じ土俵で輝き続ける人は、ほとんど見当たりません。
考えるほど都丸律子さんは、突出しているインストラクターなのです。

なぜ、ずっと、続けているのか?
なぜ、唯一無二であり続けられるのか?
なぜ、人を魅了してやまないのか?

律子さんのおはなしを伺いながら、特にご自分との付き合い方、向き合い方は、とても学びになりました。

夢を現実に引き寄せたい、今、壁にぶつかっている、自信がイマイチなどなど、未来を引き寄せたい方に
ぜひ読んでいただければと思います。

 

その気にさせる人

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律子さんは、グンゼスポーツクラブ前橋前橋テルサフィットネス、前橋市民向け講座などで
常設レッスンを長年提供し続けています。
時々、雑誌に掲載されたり、なんと県対抗イベント「スポレク」では群馬県の担当監督も努めたりと
その活躍は多彩です。

佇まいは、クールで淡々としている印象ですが、会話はフレンドリーでユニーク。動きは優雅で格好良い。
相反する魅力が持ち味だなあと思っています。
例えば、レッスンの最中、ストレッチを促すときなどは、ただ「手を伸ばしてね」ではなくて、
「待って。待って~って、手を伸ばしてみて。ほ~ら、あと少し、もう少し先に好きな人がいるよ」
なんて言うのです。
意外なセリフに乗せられて、参加者は、懸命にカラダを伸ばそうとしてしまいます(笑)
ハイパフォーマンスでは、クルクル回したり、ハードに動いていっても、
ユニークでしっかりとストレッチ指導していただくおかげか、どこかが痛くなったり、故障したりしません。
そして、プログラムは、ちょっと難しいけど、出来ると楽しいので、目が離せなくなります。
律子さんの美しい動きに思わず引き込まれて、真似しているうちに
スタジオ全体がひとつの生き物みたいに、同じ動きになっていく感じです。
難易度別のクラスの目的に忠実で、かつ、参加者を引き込んでいく手腕は、
まるで、オーケストラのコンダクターみたい!と思いながら、
面白さ、優美さに毎回、引き込まれていきます。

そんな律子さんの人生の軌跡、お読みください。

 

軌跡~ 真面目で活発なお姉ちゃん

(ここからは1人称。律子さんの語りでお伝えします)

私は、前橋生まれ。長女です。兄弟は5歳下の弟がいます。
第1子で健康優良児で生まれ、近所に祖父母宅もあり、可愛がられて育ちました。
幼少時は、賑やかな家族でしたが、大人ばかりでつまらなくて、近所に子供が歩いてると、
話しかけては、友達になったりしていました。
だから弟ができた時は、とても嬉しくて、可愛くて、よく一緒に遊んでいました。

小学生低学年の頃は、遠くまで散歩に行ったり、川原や公園で時間を忘れて夢中になって遊んでしまったりで
好奇心旺盛で活発な子供だったと思います。
ドッジボールや陸上が得意で、運動は良くしていましたね。
習い事はお習字とピアノ。
お習字は8年続けましたよ。
でも、ピアノは、どうしても弾けない曲があって、なんだか気持ち良くなくてね。途中で挫折しました。
可愛い服にあこがれて、好きだったりもしました。
いろんなことをしたかったのかもね。

その後、祖父母宅が引っ越して、家族だけの生活に変わり、ライフスタイルが一変。
両親は仕事が忙しくて、運動会も授業参観もあまり来ませんでした。
親が恋しい年頃でもあり、寂しい思いも感じていました。
当時を振り返ると、こどもながら「しっかりしなければ」というい気持ちがあったのかもしれません。
とはいえ、父は、明るく、楽しい人で、寂しい思いも包み込んでくれる人でした。
父は56歳で他界。ずっと、励まし、支え続けてくれたとても良き父でした。

思春期のころは、友達とよく出かけていました。
反抗期は普通にあったなあ。明らさまに先生にも出していましたから。
まあ、素直に反抗期だったかもね(笑)
両親は、思春期は厳しかった。
門限もあって、夜、遅くは出歩けず、うっとおしいなあと、思っていました。
親のいいつけには従っていて、反抗しつつも、自分に非があると言い返せなかった。

おばあちゃんはとても優しく、常に人の心遣いを忘れない人で、私にとっては理想の女性でした。
一緒に過ごす時間のなかで本当にたくさんのことを学びました。

子供時代は、結構、気が張っていたかもしれません。
だんだん、本当の自分になっていたんじゃないかなあ。

でもね、子供の頃から決めていたことがひとつあります。

自分がしたいことを仕事にして、生きていこう。
自分が好きなことをして生きていこう、
何故か、ずっと、そう強く決めていました。

高校卒業後は保育系専門学校へ。

当時から、絶対に自分の好きなことを職業にしようと思っていました。
でも、まだ、やりたいことが決まってもいないのに、就職してはいけないと思いました。
その信念だけは、常にありましたねえ。

そこで、とりあえず、就職を回避するために、とにかく専門学校に行こうと思って、
親を承諾させるために保育学校に行きました。

そして、ピアノとの再会。
受験もあり、また習い出しましたが、この時に教えてくださった先生が素敵な人で
「この人に習うと、こんなに早く弾けるようになるんだ」と実感しました。
おかげで、とても頑張ることができて、その甲斐あって学校代表になりました。
ただ、発表の場面では、緊張してあがってしまいます。
そこで、思いました。
「実力が出しきれなくて失敗したら、そんな馬鹿らしいことはない」
そう思えるための練習と、努力を思い返し、
自分を信じようと、確信することができたのです。
結果は、緊張から解き放たれ、ミスすることなく弾けました。

それから、ジャズダンスを始めました。
親から見ると、ダンスは良いイメージがなかったので、
「学校でリトミックしてるから必要なの」と、親を欺いて説得して習いだしました(笑)。
習い出すと、とても面白くて、続けながら、仕事はピアノかダンス関係がいいなあと                  思うようになりました。

エアロビクスとの出会い

卒業後の方向性は、ダンス関係の仕事をしようと決めました。
そのころ、エアロビクスがアメリカから上陸しましたが、当時は、器械体操みたいでした。

「エアロビ、教えてみない?」という話を師事していた先生からいただいて、
本当はダンスがしたいのだけど、まあ、いいかな・・・くらいの気持ちで最初は始めました。
公民館とかサークルなどでしたが、体験してみると、あちこち出向くことが楽しくて、
自分には向いているなあと思いだしました。

ただ、いきなりスタートしてしまったために、常に手探りの連続で、
楽しかったけれど、とにかく自信がありませんでした。
私って、電化製品でも取説は読みたいタイプなのです。
読んで基本をしっかり、把握したい。
いじってわかろうというタイプではなくて、着実に分かっていじりたいタイプです。
なので、手探りのエアロビクスに、どうしたらよいのだろうと、困りましたが、
自分で何とかするしかなく、当時、都内でレッスンを受け続けて懸命に努力しました。
22,3歳頃です。

 

結婚、そして、全力で仕事を始める

そして、25歳で結婚。
家庭生活が始まってみると、家事は何もできないことがわかり、仕事をセーブして家事に取り組みました。
のめり込むタイプですので、家事もだんだん楽しくなっていきました。
そうした中、再び仕事に意識が向きだしたのは、20代後半くらいから。
そこから、仕事を再開しだしました。
その間、エアロも体操みたいな型から振り付けが主流になり、好きな方向へ変わっていったので、
資格をとったり、研修に行こうと意欲が増し、より真剣に向き合うようになっていったのです。

でも、悩む時もあります。
そんな時、仕事仲間から「○○のオーディション受けに行かない?」なんて声がかかる。
そこからまた活路が拓けていきました。

そのころ、こう思いました。
自分が望んでいると、道が拓ける。
そして、必ず叶う。
根拠はないけれど、当時も今も、信念として思っています。

そして、様々な人に師事してみて、気づいたことがあります。
一流の人に習うと、5年やってできなかったことが3ヶ月でできるようになる。
ピアノの先生もそうだったけれど、この人に習うと、こんなに早く弾けるようになるんだ、
という実体験が教訓にもなり、そういう指導者になりたいと思いました。
参加してくださった方がなるべくわかるように、体がちゃんと使えるような指導者でありたいと今も思っています。

懸命に仕事と向き合う~転機その1~

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そこからは、仕事。仕事。仕事。
仕事中心で、仕事関係以外の友人と食事に行く余裕もありませんでした。

とにかく、レッスンに来てくれて、みなさんがニコニコしているのを見ていると私も元気になる、
プラスの連鎖をどう作り出していけるのか?その繰り返し。

でも、たまには息詰まることがある、楽しくない、うまくいかなくなると、
勉強会に行ってみようかな?と思って、夢中になって、いろんなところに学びに行く。
レッスンもすごく多く、インプットもすごくしてきました。

ただ・・・
自分としては、普通なんだけど、限度があるんだと、ある時、思い知るのです。

ある日、息が吸いづらいなあと思うことがありました。
遠いところに仕事に行った帰りに息苦しくなって、運転中でしたが「死んじゃうかも・・」と、危機感を感じたのです。そして、病院に駆け込んでみたら
「過換気症候群」。                                                              過呼吸と診断されました。
医師から「心の病気だ」と言われたけれど、全然ピンときませんでした。
けれど、翌日も息苦しさがなくならず、全く無自覚なまま、精神に効く薬を処方されたのです。
当時、最も忙しい時で、仕事は続けていたけれど、その合間は家に帰ってソファーに横になっていました。
そのうち、太陽の光が嫌で、カーテンも開けられなくなっていきました。
とにかく仕事も、家事も、完璧にやらなければいけないと、思っていた時でした。
実は、それ以前も、全身にじんましんが出たことがありましたが、あまり気にしていませんでした。
さすがに、この出来事は、無理すれば、カラダが反応するんだと思い知らされ、自覚するようになりました。

それがきかっけになって、全て、完璧にやろうという思いを手放すようになったのです。
好きなことだけする。
嫌なことはしない。
自分の心に正直でいよう!と、思いました。
全てをやろうとするのを手放すきっかけになり、自分らしくあろうと決めた出来事でした。

今、仕事先で、担当者から「りっちゃんは直球だから、わかりやすくって良いね」とか、
受講生から「先生は媚びないから、そこが良いね」なんて言われます。

さらに自分らしくあろうと、思うようになっていった結果かもしれません。

同窓会にいってみようか・・~転機その2~

仕事,仕事で走り続けていた頃って、自分の人生は,仕事だけでした。
無茶がたたって、少しずつ変化していきましたが、それでも、女性同士でランチに行ったり、
お喋りしたりすることは皆無でした。とにかく仕事関係のつきあいばかりだったのです。

そんなある日、4年に一度の同窓会のお知らせをいただいて、ゆとりが生まれたのか、余裕ができたのか、
ふと、行ってみようかなあと思いました。
インストラクターになって以来、初めてのことでした。
参加してみると、自分が全く経験しなかった楽しい時間であり、仕事以外の付き合いも
とても大切なのだとよくわかりました。

その時の体験は、第2の転機になり、今は、より自分らしく、バランスを保っている感じです。

次回は・・・

律子さんの生きた軌跡を伺いながら浮かんだ言葉は「猪突猛進」
自分のゴールを明確に定め、様々な出来事が起こる中で、より前進するためにどうしたら良いのか?
ひたすら取り組み、懸命に頑張っていた時代から、さら柔軟に自然体になっていくことの大切さを
とても感じました。

まるで物語を聞いているようで、人は変化し続けるのだなあと思います。

次回は、律子さんの考え方。向き合い方。
そして、そこからうみ出る行動語録をお伝えしていきます。

 □ ものさしは「すき」か「嫌いか」

□ 「決める」ことと「決めたい」の違い

 □ 自分と向き合う

 □ 自分を信じる  などなど・・

清々しいくらい、本当に直球な律子さんのお話。                                                  体験から生み出されるお話は、みなさんの心のストライクゾーンにバシっと入ってくると思います。

乞、ご期待ください。

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Sue Storoblさんその2

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こんにちは!人生に花咲コーチYUIです。

 

「人に学ぶ」 は、文字通り人から学びたいという思いで始めました。

コーチング講座やセッションで多くの方のお話を伺いながら、
人は、わかっちゃいるけど、前へ進めない時がある。
前進していこうとするけど、今の自分から一歩が踏み出せない時があるとつくづくと実感します。

そんな、あなたに、
魅力あるリーダーにインタビューさせていただき、その考え方、
人との関わり方、関係性の創り方、行動などを伺い、お伝えすることから何かヒントを掴んでいただけたらと思って、始めました。

頑張っているリーダーの行動とその源の「思い」は重い!、
私自身も学ばせていただきながら、頑張るあなたへ贈ります。
実践し続けているリーダーの「思い」を是非、お読みください。

今回はSue Storoblさん。
人は、カラダの健康、心の健康、があってこそ生き生きと輝きます。
病気と共に生きてきた、なんて微塵も感じさせず、モリンダ社と提携し、ノニジュースを世に広めようと世界中を飛び回る女性です。
素敵なSueさんの、魂の言葉をお伝えします。
Sueさんの言葉から、彼女の雰囲気が伝わることを願って。

SueStrobl流、ベーシックライン

私は「素直」

私は尊敬できる人に言われたことは100%言う事を聞くわよ。
世間的に言えば、好き嫌いが激しいのかもしれませんね。
友達はよくわかるらしい。
合わない人は避けて歩いているって、よく言われる。

ニックネームはニワトリよ(笑)
3歩歩いたら、過去は忘れちゃう。

 

病気だと、人に思いをかける余裕がない。

だから、心が狭くなる。
お母さんが病気なら、家が暗くなる。
私の実家がそうだった。
だから、私はまず自分が元気になって家の中を明るくしたいという思いもあった。
だって、朝、娘の朝ごはんを作ってあげたことがなかったから。
起きられなかったけれどね。

 

余裕を持つ

大病したときなど、なんで生きているのだろう?と考えたわね。
で、この世のなかで何をすべきか、考えるようになっていった。
例えば、離婚訴訟中だとしたら
「何のために生まれてきてなにをすべきだろう?」 
「私の人間性をどうやったら高められるか?」とは考えられない。
「どうやったらこの男と別れられるかしら?別れたあとにどう経済的な安定を得るか?」
など、物質的な自己中心的な考え方が先ですよね。

余裕がないと目の前のことに精一杯で、正しい判断もできなくなるのではないでしょうか。


賢者に聞く

理不尽にも、友人の子供が難しい病気になってね、
「なんで30代で死ぬような難しい状況が起きるのか?」って、ある人に聞いたことがある。
そうしたら、こう言われたの。
まあ、完結していないのですよね。
産みの苦しみ、死の苦しみを人間は繰り返さなければならない。
理不尽だろうと、今生ではそういう事なのでしょう。

聞いて思ったのは、限りがある人生を、どう生きていけばよいのかと
人生のしまい方を考えたほうが良いということでした

人生の目的は?

目的は?っていうと、
その時々、自分に起こる出来事や役割と共に変わっていくと、考えたほうが考えやすいかなあ。

私の感覚では、高校時代は面白おかしく、大学時代は友達ができて、何の因果かご縁か、結婚する。最初は楽しいけれど、そのうち、子供ができる。すると責任が生じる。
子供には、社会に迷惑をかけない人になって欲しい。弱者に手が差し伸べられる人になって欲しいと思った。
ということは、子供を育てていくにあたり、経済も精神状態も安定する環境が必要なわけね。
自分が満たされて、初めて人に手を差し伸べられるから。
それから、親の私がしたことが、いつか、子供に還ってくるような気がするから、自分の行動も、より責任が生じると思った。私らしくある、ということと共にね。

 

どうしたら、一番目の前の人の役に立つだろうか?

人生を春夏秋冬に例えるなら、私は、冬の時代に入った。
少しは修行してきたつもりよ。
私自身、本来なら死んでるかもしれないのけれど生かされているわけだから、
そう思ったら、会う人との見方が変わった。
この人の人生がちょこっとでも良い方向へ向くにはどうしたらよいかしら。
そういう思考に変化した。

若い時は考えなかったですよ。楽観的でしたから。
けれど、周りの人の人生や見たり、自分の人生を経験する中で、
いいことも嫌なことも辛いことも起きることを知りました。

 

本気になったら1つや2つはできる。

大事なのは「時間」
みんな同じ時間を与えられているのに、凄いことやる人も、やらない人もいるでしょ。

「時間」は、スペアタイムとパートタイムという考え方がある。
スペアタイムは、余った時間でやること、
パートタイムは、自分で時間を作ってやること、

両方とも時間的には短いけれど、全く違いますよね?
本当にやりたいことがあると、時間は作れるものです。

 

過去は生ゴミ。

忘れた方がいいんですよ。
変わらないんだから。
それより、今から変わる方が良い。

私の20年来の友人は、乳がんも経験しているけど、明るくてね、けろっとしてる。
さっぱりしている。
辛い思いをしたから明るくなれる。
抜けてきた人は明るいですね。


人の役に立ちたい

Q,スーさんはビジネスの経験はないのですか?

私は、アメリカに行きたいと思った以外に何かしたいと思ったことがない。
生活のために働く必要もなかったしね。

同時通訳や翻訳をしてたけど、どこかに属したことはないわ。
エンパイアビルでオーディオを借りてみて。
「日本語」版は私が翻訳したのよ。
二晩位徹夜したけど、日本人のために、という思いがあって、したのよ。

「僕は両親と一緒に移民としてきました。最初に済んだのはクイーンズというところで、
マンハッタンの方向を見ると巨大なビルが立っていました、これがエンパイアビルです。 」
という調子よ。フィーは安かったけど、でも、日本人に役立つ、だからした。

私はね、人も仕事も、意味がないと思えば言わないし、しないけど、あればするの。

 

NYでテロで起きたのはきっかけだった。

夫から電話がかかってきて「テロが起きたよ、テレビをつけてご覧」と言うから見たら、
2機目が突っ込んだ瞬間が映し出された。。
人は死ぬ。あっという間に死ぬ、と思ったこの事件が、ビジネスに向かうきっかけになった。
その時に我が家に来てた友人は、手作りのサーフボードを制作するメーカーを自ら起こしていたけど、作る過程でボードの微細なチリを吸い込んでしまう職業病みたいことになっていて、体がボロボロだった。
で、彼に「私はビジネスするわよ、あなたも一緒にどう?」と、誘った。
突然だったから、その時は断られたけどね。
自分の気持ちに正直。

何かに属するのは嫌。

決めたら、実行する。

 

世のなか、全て人間性とタイミング

「私」は、実践編です。
あなたが100万円欲しいと言ったら、それをどうやって手に入れてあげられるだろうか?と思う人なの。 その知識も能力もツールも持っているわよ。

でも、私がそう思わない、また、私がいくらそう思ってもあなたがそう思わないなら、成立しない。

世の中は全てそう。
結婚もそうよ 。
お互い、その時のタイミングでいいと思ったときに、成り立つ。
それがあったら、何か一緒にできると思っている。
合わなかったら、できない。

自分の枠

でもね、みんな、自分の枠を決めているでしょ?
これ、やっちゃいけない。
やりたいけどできない。
母親はこうあるべき。
とかとかね。
例えば、子供って一緒に長くいれば良いわけではない。
10時間だらだらいて何もしないお母さんより、2時間でもキチンと向き合ってくれて
濃い時間を過ごすお母さんの方が良いんじゃない?

私は「その枠決めてるのはだれ?」って言いたい。
枠は、自分でいかようにも広げることができますよね。

 

種をまくにも刈るにも時がある

聖書のことばのなかに「全てのことに時がある」と書かれてあるの。
聖書は世界で一番売れている、世界のベストセラーです。
あれほど売れている本はない。
ずっと昔から読み継がれている本でしょ?

聖書は、おとぎ話よ。化学では猿が進化して人間になった。聖書はアダムとイブ。
でも、おとぎ話だから嘘ではなくて、事実でもないけれど、「真実」が書かれている。
で、すべての事にはタイミングがあるっていうのは、簡単に言うと、種をまくにも、刈るにも時がある。 ってこと。

例えば離婚したいって思っても、どんなにしたいと思ってもできないときはできないのよ。
私はできなかったわ。4年辛抱した。でも、別れるときは1日で別れたのよ。
1日でブッ壊れたのだけど、その代わり4年間、どんなにあがいてもできなかった。
すべてのことには時がある。
だから、できないときには無理にしないほうがよい。
自然となる、機は熟したという言葉と一緒。

聖書ではありとあらゆる例を載せて、真実が書かれている。

私は、休みたい時に聖書を読みます。
「あせるんじゃないわよ、書いてあるじゃない」 って思うの。


 


自己責任だからね。

思考することを大事にしてる。
思考中だと、じーっと動かずに考える。
頭の中で、ずっとプロセスを作り出して、たどって、答えが出るまで考えます。

人生は何事も自己責任だから。

 

坊主めくり

Q,.目の前に現れ続ける多くの人、スーさんは、どう人を見極めるのですか?

マッサラです。
イメージでお伝えすると、相手を舞台にぽんと乗っけている感じ。それを見ている。

すると、舞台に乗って、相手は勝手にパフォーマンスしてくれる、勝手に見せてくれるの。
で、この人、こういう人なんだって思うだけ。

 

判断はするわよ。

例えば、坊主めくり。私が探しているのは姫。でも坊主が多い。
世の中もそうでしょ。めくっていると坊主ばっかり。やっと姫が出たと思って、舞台にのっけてみていると中見は坊主じゃん。そうかと思うと、坊主だと思ってみたら中見は姫。てこともある。
本人が気づいていないだけ。
「ちょっと、あなた~。実は姫なのよ。」って思い出させてあげるのが私の仕事。

 

勝手に去っていく。

坊主だからって、私は、去れとは言わないですよ。
でも、生涯、友として考えるかというとないかもしれない。価値観が違うから。
人は必ず死ぬでしょ。時間は有限。
誰のためにどのくらいの時間を裂くかが、私にとっては大きなテーマなの。
お金より何より有限性のある時間が最も大事。

 

離れた人のその後を見ると、離れてよかったんだなあ

と、思う。辛い思いはいっぱいしているわよ。
いっぱい騙されていますからね~。

騙す人って騙すからね。
でも、私は、守られているのよ。離れていくべき人だったんだなあと思う。


昔、父に言われたこと

お前は女だからね。そんなこともないかもしれないけどね。
商売っていうのは人がいろんな話を持ってくるよ。持ってきた人が変な人だったら乗るな。
でも、持ってきた人が良い人だったら、乗っておけ。
全ては人であるんだよと、教えられた。

 

期限のないプロジェクトってないでしょ?

テニスで言えばフレンチオープン、ウインブルドン、USopen、オーストラリアオープン。
選手は、一年の流れを掴んでいるでしょ?だから今日何をやるべきか、明確にわかる。

期限、目的、ゴールを決めて、目指すことで、先が明確に見えてくる。
オリンピック目指そうよ。どうなるかわからないけど、やってみようよ。てことですね。

 

ハウツーやってもダメ。

でもね、わけのわからない人がハウツー覚えても身にならないと思うわ。
何のためにやるのか明確でないといけませんね。

 

ビジョンの描き方

ある人を見ていて、ハッとしたことがあるの。
山のぼりしているとします。
私なら、登頂するために必死に登り続ける。
でも、その人は、到達する遥か前に、今の山を登りながら、次に登る山を決める。
で、登頂した瞬間、一気に下山して次を目指す。

女の人はこういうビジョンを描くのが弱いのでは?
登りきったら、満足してしまうのかもしれませんね。

今の私のやり方は、その人から学びました。
そして、パートナーも決めます。
断られるのもOKだという前提でね。
好きな人にパートナーになろうといいます。

 

現在~この先

今の仲間たちは、みんな普通の人。考え方も環境も過去も全く違うけど、あるところで共鳴し合って一緒につくろうという思いで、「ネクスト」と名づけて活動しています。

私の信念は、出会った人と共存共栄を一緒にしていこうということ。
人の人生をしつこく質問するでしょ?それって、私の持つツールが役に立つかを見極めているんですよ。
それによってその人にとってプラスになるんだったら言わせてもらおうと思ってね。
丸いループがあって,私から見て外にいたほうが良い人、中にいたほうが良い人を勝手に判断しているの。

2年と期限を決めて、プロジェクトチームを組んで、今、取り組んでいます。

日本を応援することに最も力を入れていて、出張先は日本が一番多いです。
それから、今、興味があるのはインドです。
この2年、出来うる限りのリクエストに応えてどこにでも行きます。

で、2年後は、動物愛護のボランティアを主軸にしたいと考えている。
見返りを求めないボランティア。精神面の充実は大きいから、やってもらうよりやったほうが良いのよ。

 

最後に

Sueさんは、一見するとNew Yorker.

明るくて、元気で、生きる活力に満ち溢れている魅力ある女性です。
けれど、その明るさの奥にある死生観や思いを伺い、さらに魅了されました。
次回は、私がSueさんから学んだことをお伝えしてまいります。
Sueさん、ありがとうございました。
お読みいただいた皆様、ありがとうございます。

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人に学ぶ第3回 Sue Stroblさん その1

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こんにちは。人生に花咲きコーチYUIです

「人に学ぶ」は、魅力あるリーダーに突撃インタビューをさせていただき、お伝えするブログです。
考え方、人との関わり方、行動など、その魅力のエッセンスを伺い、お伝えしていきます。

今回は、抗えない宿命を味方に、今を生ききるリーダーの登場です。

第3回めは、Sue Stroblさん。NewYork在住の日本人女性です。

Sueさんは、人をその気にさせ、やる気にさせる。そして、頑張ろうという思いに繋がらせる、すごいモチベーターです。
知的でエレガントな物腰とパワフルな迫力に、グイグイ引き込まれ、あっという間に私もSueさんのファンになりました。
その魅力は、単にやり手に営業ウーマンだからでは、勿論ありません。
Sueさんの発する言葉を聞いていると、魂から発している言葉だと思えてならず、私の心の深い部分で共振を起こしました。
そんなSue Stroblさんの考え方、行動のエッセンスを伺い、お伝えしていきます。

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心を揺さぶるモチベーター

Sue Stroblさんは、モリンダ社が提供する「ノニジュース」を多くの人に広めようとグローバルに活躍している女性です。NYを拠点に、世界中を飛び回っています。ご主人はドイツ人。全世界に40万人社員のいるグローバル企業のアメリカ現地法人の元CFO。お嬢さんはアメリカ屈指の大学院で博士号取得し、社会貢献をしている才媛。写真はリチャードギア氏主催のパーティーに招かれた折のツーショットです。他にも著名な経済学講師のお姉さまとの長年にわたる交流や、時々日本のTVにも登場する、アメリカで最も有名な日本人MCとの交流(実際にその方とばったりお会いし、本当に驚きましたが、率直なコミュニケーションを聞き、本音でお付き合いしているのだとさらに驚きました)。
伺うほどに、その人脈の凄さに唖然としながら、セレブとは、彼女のような人を言うのだと思いました。
一方、ご本人は嫌いだとおっしゃいますが、同時通訳と翻訳の凄腕スキルを持つキャリアウーマンという側面もお持ちの方です。

その容姿にも驚きました。
実年齢は最初に伺っていましたが、どうしても見えない!(女性ですから明かしませんが、今も嘘?と思います)
また、私がインタビューするつもりでお会いしたのですが、「鈴木さんのビジョンは何?」「このインタビューをして、どうしたいの?」「あなたってどんな人?」などなど、私をまっすぐ見つめ、単刀直入な質問を数々するスーさんに、脇の下が汗でぐっしょりになりました。
けれど話していくうちに、 私を尊重し、理解しようという姿勢、少女のような好奇心、暖かさに魅了され、あっという間に引き込まれていきました。

魅力的でパワフル。まっすぐで、そして自己責任を全うしている女性。
Sueさんのおはなしを、幸せになりたい全ての方たちに読んでいただけたらと思います。

Sueさんの語り口をできるだけ、そのままお伝えします。
素敵な雰囲気が伝わることを願って。

 

軌跡その1 誕生~留学、アメリカへ

私は、東京の代々木生まれです。明治神宮、三宮の側でした。代々木と原宿の中間あたり。
一人娘で、父は事業をしていました。うちには、じいやがいました。
母はお嬢さま育ちで、病弱だった。年中、寝ている人で、家のなかは、結構暗かったかな。
私もカラダが弱かったの。幼稚園なんて知らなかった。小学校も半分くらいしか行ってないのよ。
結核もしたし、一年中、風邪をひいているような有様でした。当時の写真は、年中、お布団のなかで撮った写真ばかりで、首には大体白い包帯、巻いていました。中は、ネギよ。
(注:熱を下げるのに首にネギを巻く民間療法がありました)

でもね、家族と一緒に食事をしていて、食べ物をちらっと見ると、即座にそれが目の前に来るような、そんな世界観だった。

ある時にね、小学校から帰ってきたら、家に風呂桶がないの。
なんで?って、思ったら、父が、よその家の人にあげちゃったっていうの。
子沢山の家で、銭湯代が高くてお風呂には入れないって聞いて、じゃ、うちの風呂桶もって行けー。
そんなことが当たり前にありました。

それから、帰ってくると、知らない人がずら~っと並んでいて、夕飯時に、握り飯を振舞うということも結構ありました。私もね、家の下に浮浪者を囲ってましたよ(笑)。囲ってたわけではないけど、食事を提供してたのよ。で、彼、警察に捕まったんだけど、そのとき「嬢ちゃんありがとうね」と、言ってた。

今も続けている動物愛護は、小学校のころからしています。
原宿で外国系の団体が経営している動物愛護団体によく出入りしていました。

思春期のころは、ロカビリーが流行っていたのだけれど、私は決して行かせてもらうことはなかったわね。跳ねっ返りだったと思うけど、がんじがらめだった。

アメリカには高校3年18歳で行ったの。
13歳の頃から考え始めて、17歳の時に決めて、18歳で留学させていただきました。
簡単に言えば、単に日本にいたくなかったの。親の監視下で、ルールの中に生きていたくなかった。
で、母に頼みました。
「17年生きてきて飽き飽きした。私はお母さん達とずっと一緒に生きる自信がないわ。だって、つまんないんだもん。ここにいたくない。勉強をしにアメリカに行きたいからお金を出してください」って。
そうしたら、お金を出してくれた。後で聞いたら、乳母日傘で育った娘でしょ、言いだしたら聞かない。後に引くわけないから言う事を聞かないと家出するかもしれないと、思ったのですって。
で、母が父に「言いだしたら聞かない。首でもくくったらどうするんですか」と説得したのだそうです。
1ドル360円。大卒給料1万円の時代で、飛行機代は10万円以上していました。
当時、留学は大変で、事前に外務省の役人のインタビューがあったの。財産証明のためです。何かあった時にアメリカから日本に送り返す運賃がなかったらいけなかったのよ。で、最低100万円位必要だった。当時の大卒1年生の年収10年分です。
東京オリンピックの1964年。「飛行機は危ない」という母の一声で、8/2に横浜のサウスピアから、船で旅立ちました。「さようなら~」とドラマのごとくね。今も花柄のスーツの写真が残ってるわ。

 

留学~結婚~現在

Q,アメリカでホームシックになったりはしませんでした?

NO。一回もない。帰りたいと思ったこともなかった。
私は、嫌なことが嫌なの。
自分の気持ちに正直で、その時に感じたものが全て。

アメリカに行こうと思った以外は、こうなりたいとか、こうなろうなんて考えもしなかった。
世間なんて知らなくて、遊びにも行かなかった。

何かをしなければいけないということに陥ったことはないの。
お嬢さんと言われたらそれまでだけど、困るということを経験しなかった。
大学時代は、ルームメイトと共に過ごしました。
彼女は今も私の大切な友人よ。

けれど、母の具合が良くなくて、大学を中途で、日本に帰国しました。
そして、ご縁があって結婚しました。
それから9年後に離婚。
彼の問題で離婚しましたが、慰謝料をいただくどころか彼の再就職先も世話して離婚しました。

そして、次にご縁があったのが今の主人です。
ニューヨークで出会い、それ以降、ずっとニューヨークに住んでいます。

病気の話

大人になってからも多くの病を経験しました。
胃潰瘍もしたし、子宮内膜症もかかりました。月に3週間は、痛み止め漬け。強いモートロン。
イブ系で、炎症止めです。そして、卵巣がんになりました。
卵巣がんの前は、大腸に潰瘍がよくできていました。
大腸のポリープを取ったら、これが前癌症状で7つ取りました。
当時はね、マンハッタン中のトイレの場所を知っていたのですよ。
レストランで食事したらトイレに駆け込むような日々だったから。
あげたりさげたり、食中毒は年中。
ぐちゃぐちゃでした。
それから、声帯のガン。超進行性。

子供が9歳の時に卵巣がんと言われたの。
そうしたら、多くの人がやってきて、健康食品などを持ってきました。
半分の人はお金儲けのために持ってきて、半分の人は本当に心配して持ってきてくれた。
判断はつかなかったけど、色々と試してみたわ。

そして、勉強を始めました。
Dr,マロンジェルと言って自然療法医で、ペンシルベニアの山奥で神がかりみたいな治療をする方と、スコットガーソン医学博士、アーユルヴェーダ医学の資格も取得した人。この方たちに学び、治療を受けました。
私自身もアーユルヴェーダを勉強し、瞑想もしましたよ。
瞑想はね、最後はそれになる。あまりに体調悪いとね
当時、血圧上90下40。朝、起きられるわけないですよね。
低体温症、35.6度。一度低いのよ。ガン体質。体重45キロ。今は60キロ。私の身長は167センチ。
ニックネームはごぼう。顔中にメンチョウができていた。しみだらけ。髪の毛ボロボロ。すごかった。

同時通訳をしてて、とても緊張があって手から汗が玉のように出た。すごい緊張だったのだと思います。数日で40万円位の報酬でしたけど,お金なんてどうでも良いと、思いました。
お金の価値はわかるけど、ね。

母のことだけど、心臓の治療を長年していて、アメリカに呼んで治療しました。
アメリカの医者は「心臓は悪くありません。ただの喘息です」と言った。
当時、日本の医者は心臓病と言っていたけれどね。そして半年いて治療し、その後帰国しました。
それから薬がなくなったのだけど、体調が悪くて渡米できなかった。
そして、心臓麻痺で死にました。日本の医者は「ほら、心臓が悪いでしょ」と言っていた。
けれど、調べてもらったら、心臓は悪くなかったのです。

 

Sue Strobl流ベーシックライン

 

人には、抗えない宿命があるとSueさんの話を伺ってつくづくと思いました。
自分に課せられた宿命をどう味方につけ、人生を切り拓いていくか?
次回は、死と向き合ってきたSueさんの生きるベースの言葉の数々をお伝えしてまいります。

☑ 全てはタイミング

☑ 聖書

☑自分が一番

☑過去は生ゴミ!

☑  自己責任

☑ 這い上がれない人の特徴

☑ 坊主めくり

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人に学ぶ ~choice~

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スタートにたつ

「仕事」を辞書で引くと、
何かを作り出す、または、成し遂げるための行動
生計を立てる手段として従事する事柄職業
したこと。行動の結果業績
と、あります。

創り出すにしても、成し遂げるにしても、まん然と行動した結果というより、先に「こうしたい」「こうしよう」と決めて、そこに向かって得た結果の行動が仕事といえるのかもしれません。

「こうしたい」「こうしよう」と決めることを、コーチングの考え方では「ゴールを決める」といいます。
1.自分のしたいことにつながる。
2. その意味づけを明らかにする
3. 選択する
少しずつ、どうしたいかを探り、考え、チョイスしていきます。勿論、自ら。

マラソンでもサッカーでも、スポーツには明確にゴールがあり、そこに向かって、全力で頑張るように
人生も、向かいたいゴールを決めることから始まるのです。

結果を出し続けている経営者の方たちのお話を伺っていると、非常にゴールがクリアです。
クリアになればなるほど、すべきことが明確になっていきます。

どこに向かって、事を成すのか?

まずは、自分の未来を選択する。
そこから未来がスタートするのです。

私にコーチを依頼するクライアントさんも、未来を選択する、choiceするために、私を雇うケースも多いです。

とは言っても、これがまた、難しいなあと、多くの方の話を伺いながら、思ったりもしますが。

なかなか、決められないのが人の性

「選択する」ことを様々な検知から実験し、検証し、紐解いている選択化学という本によれば、

社長の平均寿命と従業員では、社長の方が長い。
理由は「裁量権」つまり選択権の大きさによる。

動物園の動物の寿命は、野生の動物よりはるかに短い。
なぜなら、「選択」することができないから。

スーパーで品揃えを豊富にすると、売上は逆に下がる

我が子の延命措置をするか否かの究極的選択。
判断は親がするより医者に委ねたほうが後悔は少ない。

どうやら、自分で決められることは良いけれど、選択しがあまりに多かったり、
責任が重すぎると負担のほうが大きくなって決められなくなることもあるようです。

「決めること」とは、他の選択しを手放すこと。
そして、決めたリスクも一緒に引き受けることです。

そう考えると、決められなくなるかもしれませんが、
それでも、人は大なり小なり、無意識にでも意識的にでも何かを選択して行動します。

例えば、
私はスポーツクラブに通っていますが「痩せたいけど、痩せないのよね~」という話をよく聞きます。
そういう人のやり方をよく聞いてみると、自分にとって楽しい運動はするけど、それ以外はしていない。
つまり、言っていることと行動が伴っていないのです。
意識していないけど、楽しむことをチョイスしているのです。
「どうしたいの?」
そう尋ねると、改めて、自分が何を求めているか考え出します。

自分にとって、何が大事なのか?

どうしたら、満足できるのか?

自分の思いに気づくこと。

とてもシンプルで、とても大切な、最初の一歩です。

 

日本人の傾向

幸せ感の考え方、捉え方として、典型的なアメリカ人は、個人主義であり、自分をユニークな存在とみなし、自分という視点から外の全てを捉え、観ているのだそうです。
常に自分に問いかけ、目標、望み、価値感などから分析し、判断する傾向が強いのだそうです。

それに対して、日本人は、何かをするときに自分が舞台に立っていると捉え、他人から見て自分がどう見えるか?他人の目を常に意識し、自分がどう思うかは、後回しの傾向が強いのだとか。責任感から義務を果たして、うまくやろうとし、そうした無言のプレッシャーから不安感が増す傾向が強いのだそうです。

「あの人のせいで、私はこうなった。会社がこうだから、仕方ない。」
不平不満が溜まっている人は、自分が何をしたいかより、周囲や義務を優先する心優しき人かもしれませんね。

でも、人生は自分のものです。
そして、今生は、ただ一度きりです。

「後ろ指さされない行動をする」というチョイスをして、実行していくのもゴールです。

「○○を実現する!」とチョイスして、向かうのもゴールです。

 

ハッピー×喜び=ゴール

できること、何か行動を起こすことで、自分がハッピーになる。
そういう記憶を私たちは、もっているのではないでしょうか。

赤ちゃんが初めて「ま~ま」といった。お座りした。立ち上がった。
「できた」「できた」と周りは喜び、応援し続けるチカラが強力な後押しとなって
さらに何かをしようと、自分で、してきたのです。

また、コーチングセッションで、お話を伺っていると100%クライアントさんが言うことがあります。
「私は、人の役に立ちたい」

いろいろ考えると複雑怪奇、ですが、原点は、案外、シンプルなのではないかと思うのです。

自分がハッピーになって、かつ、人に喜ばれるゴール。
自分らしく、ユニークで、唯一無二なゴール。

何をしたいかを自らチョイスし、素敵なゴールを描く大切さ。
結果を出している経営者の方たちから学んだひとつです。

 

賢者の言葉

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あなたの時間は限られている。

だから他人の人生を生きたりして無駄に過ごしてはいけない。

ドグマ(教義、常識、既存の理論)にとらわれるな。

それは他人の考えた結果で生きていることなのだから。

他人の意見が雑音のように、 あなたの内面の声をかき消したりすることのないようにしなさい。

そして最も重要なのは、自分の心と直感を信じる勇気を持ちなさい。

それはどういうわけか、あなたが本当になりたいものをすでによく知っているのだから。

それ以外のことは、全部二の次の意味しかない。

by スティーブ・ジョブズ

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人に学ぶ 宇田榮二氏

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こんにちは!人生に花咲コーチYUIです。

人は、自分らしくいられ、安心できる場にいるときに、自分に対する観方が広がり、世界が広がっていくのだそうです。

新しいチャレンジをし続け、より良い結果に結びついていく人は、その土台となる「安心安全な場」を作る達人なのかもしれません。

あなたは、人をどう見て、どう捉え、どう反応していますか?

その人の良い面と悪い面、どちらに目に向けますか?
そして、そこからどんな会話を生み出し、発展させていますか?

「人に学ぶ」 は、文字通り人から学びたいという思いで始めました。
魅力あるリーダーにインタビューさせていただき、その考え方、
人との関わり方、関係性の創り方、行動などを伺い、お伝えしていきます。

頑張っているリーダーの行動とその源の「思い」は重い!、
私自身も学ばせていただきながら、頑張るあなたへ贈ります。
実践し続けているリーダーの「思い」を是非、お読みください。

 

宇田榮二さん

第2回目にご登場いただくのは、有限会社テクノ、代表取締役の宇田榮二さんです。
テクノさんは、既存の工場設備全般をフォローする技術系アウトソーシングの会社です。

2000年に起業以来、14年間、黒字経営を続けており、帝国データバンク、東京商工リサーチなどに問い合わせると返ってくる答えは「優良企業」です。

仕事は、14年間ほとんど営業しなくても、人の紹介で広がっていっているというから凄い!と、思いませんか?

宇田さんにそうした黒字経営の秘訣、大事になさっていること、実践していることを伺っていると、なぜ成功し続けていくのかがわかるような気がしてきます。
 
宇田さんの語り口、とてもソフトで笑みを含んでいるような感じ。
淡々と語っていて、あまり、すごいことを語っている感じではないのですが、そんな雰囲気もお伝えできればと思います。

宇田流、実践哲学。
宇田さんの語り口のまま、お伝えしてまいります。

 

 宇田写真2

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ドラえもん、知ってる?

ドラえもん

のび太がドラえもんから気に入らない人を消す道具をもらってね、
ちょっと面白くないことがあるたびに、ジャイアンを消したり、誰かを消していくうちに、最後は、自分ひとりになっっちゃったんだよ。
人の面白くないと思った部分で、付き合えばそうなると思わない?
だから、人の出来るところを見て、付き合うことが大事なんじゃないかな。

私は、下請けさんや社員さんなど、自分より下の立場の人に
威張ったり、馬鹿だのちょんだのとは、一切言わないよ。

みんな、良いところがあるからね。

相手の得意なところ、これができるということ、できないところ、ともに見る。
力量を見極めることが大事だと思う。

そして、出来るところを役割分担しながら、してもらう。
できないところをやれやれと言ってもできないからね、そこは、フォローする。

仕事に対する姿勢も同じ

お客様に「できない、NO」と、言ったら、終わっちゃう。
だから絶対にできないとは、言わないよ。

例えばね、 一流のホテルマンは、絶対NOって、言わないんだよ。
その代わり「こちらに、こちらに」と、提案していくうちにお客さんは満足していく。
最初にお茶が飲みたかったお客さんがいつの間にかコーヒーで満足する。

自分からNOといってはいけない。
「わかりました。少しお時間ください」という。
そして、何ができるか、考えていく。

でも、信条は、ダメなものはダメ。

ダメなものは何?と言われると、自分のものさしになっちゃうんだけど、会津藩の「ならぬことはならぬ」と一緒で、モノの道理をわきまえて行くことが大事。
世間体を気にするわけではないけれど、世間の人が8割反対することは通らないですよ。

技術系の仕事をしているから「答え」って、決まっているんだよ。
将棋で言えば定石通り仕事しなければダメ。
損得じゃなくて、ね。

 

見栄を張ってはいけない。

知ったかぶりをしない。
何事もプロがいるんだから、聞けば良い。

例えば、機械の修理は、悪いところを直さなければ動かない。
技術の仕事は結果がはっきりしているから、どんなに講釈ぶっても、直さなければ意味がないんだよ。
腕の良い人も、悪い人も、結果が全て。

だから、知ったかぶりはしない。
分からなければ「恥ずかしながら、教えてください」って言っちゃう。

職人の世界は、自分の技術力の高さで仕事をしていくか、
代人のスタンスで、みんなをまとめて、仕事してもらうという姿勢のどちらか。

私も、わからない技術は高いお金を出して買うから、
その時々、置かれている立場で、自分のスタンスを明確に取る。示す。を大事にしている。

生半可は、しない。
知らないことを知らない、っていう。
間違っていたと思ったら、謝る。

常にそうしないと、誰もついてこないんじゃないかな。 

  宇田写真3

初心を忘れてはいけない。

自分が一番大変だったとき、
会社を辞めて何人が味方してくれたかを考えると、
積極的に協力してくれる人が多くて、本当に嬉しかった。

それで、今に至っているわけです。

だけど、人間って天狗になっていく。
特に「社長、社長」って呼ばれているうちにね。
自分はね。

だから「社長」って言わせないようにしてる。
最初に自己紹介する時は「社長の宇田です」と、いうこともあるけれど、
社員でも協力会社さんでもお客様でも「宇田さん」って呼んでもらう。

自分がどんなに優秀でも、一人で出来ることは限られている。
会社の成長の中では、 ある一定の過渡期に強いリーダーシップも必要だけど、
みんながやってくれるから、トップでいられる。みんなのおかげで、自分があるんだよ。

それから、お客様のところでも、相手から見たら、
「社長、社長」って呼ばれたら、あまり気分よくないでしょ?

だから、「宇田さん」ってみんなから言ってもらいます。
一番大事なこと。「初心忘れるべからず」です。

自分から、争いごとは作らない。

あえて自分から敵は作る必要もないから、争わない。
自分の信念で、正しいと思うことを言っちゃって、相手がカチンときたなら仕方ないけど、


Q,宇田さんが考える争いのもとってなんですか?

  自分の感情。やっかみ、嫉妬など、もとは私的な感情だと思うよ。

Q.やっかみ、妬み、嫉妬心が感じられる人にはどう接しているのですか?

 相手にしない。対等にはならない。同じ次元にたたないようにしてるよ。

建設的に話していく

仕事における意見の対立は「争い」じゃないでしょ?
だから「どうしていく?」と、建設的な話になれば、全然難しくない。
納得してもらうまで話していけばよいと思ってる。

職人さんと話していくときに「まずは、やってみなよー」と、言うことも結構ある。
頭ごなしに、あまり言わないよ。
本当に忙しくて緊急なときは頭ごなしにいうこともあるけど、基本的に言わないね。

ひとつひとつの知識はみんな持っているんだよ。
でも、それを頭の中で全体を組み立てられる人は案外少ないんだよ。

特に職人さんは頑固だから、やれ、って言えば、やるけど、後々しこりが残る。
だから、その人の信じていることは、必ず尊重しながら話し合っていく。

 

俺のところは再生工場ってよく言われるよ。

他のところで、トラブル起こして孤立してたり、我が強い人が結構、集まって来る。
だから、性格がきつい人も多いけど、文句言う人は、意見を持っている。技術がある。

自分の意見があるわけだから、最初に聞く。

「そうにしたいの?どうしたら、早く終わる?」って聞く。
それでよければ、そのやり方でさせる。
自分の思い通りにできれば、相手も嬉しい。

でも、おかしいと思ったら、徹底的に話し合う。
「あなたのやり方はわかったけど、施主さんの工事規定はこうだから、ここではこうしてくれ」

そう言えばわかってくれる。

「いいね、間違ってないよ」ってまず相手を認めるんだよ。
だって、自分が良いと思っていることを否定されたら、嫌でしょ。

キリスト教を信じてる人に、キリスト教の悪口は言わないでしょ?
でも、ここは仏教だからそれを尊重してね、って、そんな感じだよ。

で、分かっていくために図示化したり、徹底して理解させています。

 

うまくいくには、どうしたらよいかは常に考えている。

どの道を選択するか?順番をどうするか?
同じことしても順番が違うと怒られたり、褒められたりする。

どうせなら、喉が渇いている時にお茶を出したほうが良いように、何かをするときは相手がよりときめくほうが良い。

迷ったときは、自分が相手の立場になったら、どうしたら一番嬉しいか?を考える。
 
本人が充実感を持って仕事を任されるのと、
「これやって」と命令されるんじゃ、テンションが違うでしょ。
だから、いかに、今いるスタッフが一番良い状態で動けるか、それを常に考えている。

 

今いるスタッフが、一番良い状態で動けるにはどうしたら良いか、
それを常に考えている。

ひとりですることって限られている。みんなでしたほうが楽だし、可能性が広がるでしょ。

特に、本人が充実感を持って、ことにあたることが、大事だと思うんだ。
それって任されているってことかなあ。「これやって」と命令されるんじゃ、テンションが違うでしょ。
だから、いかに、今いるスタッフが一番良い状態で動けるか、それを常に考えている。

例えばこの作業するには、誰がいるか?この人はこれが得意、この人はこれ、というように常に頭の中で考え続けてきたよ。
(続きはお金の項をご覧ください)

納得させること。努力してるよ。

技術者、職人さんはプライドを持っている。
彼らに納得させるには、できっこないという仕事を目の前で、短時間でやってみせること。

「できたらどうする?」と最初に聞いて、
「できれば、なんでもするよ」と相手に言わせてからやる。

「できるから、見てろ」って言って、簡単にやってみせる。
これが大事。

もちろん、そのためには、一生懸命、勉強しなきゃいけない。
昔から何十年も努力してる。一生懸命努力しているつもりですよ。

でも、あまり努力しているようにみえないし、無難にこなしているように見えるようだけどね。
実は、努力し続けています。

 

付き合っている人が良くならなければ、自分も良くならない。

客先の担当者が、力がつくように応援する。
で、応援したことで、担当者にポイントがつけば良いと思っている。

でも!はっきり言っておきます。
「仕事をちょうだいね」って(笑)。

自分がもっている知識を、教えてと、言われたら、全て教えるよ。
だって、技術なんて、調べればわかること。

それより、発想の仕方が大事なんだよ。

パターン思考

仕事に関して言えば、パターンを作り出し、どのパターンか?何を組み合わせるか?を思考する。
パターン化することでどこに何があるのか思考の基礎としている。

例えばこの作業するには、誰がいるか?誰を使うか?
この人はこれが得意、この人はこれ、というように常に事前に頭の中で
立体的にシュミレーションすることをずっと、心がけてきた。

立体的に考えると、わかりやすい。
だから、あんまりメモはとらないよ。現場行って、何十桁もあれば書くけど、
メモとってもかけないから、見て、頭に入れたほうがわかる。
で、ポイントだけを覚えてくる。

 

神輿は軽いほうが良い。

会社もそうだけど、自分が代表になっている会でも、なるべく自分が前へ出ないようにしている。
神輿は軽いほうが、担ぎてが楽でしょ?
だから、トップは軽いほうが良いんだよ。

皆さんが、やりやすいように、自主的にやっていくことが大事。
そもそも、自ら出来る人たちの集団なのだから、あまり口出ししたりしゃしゃり出ることはないと思うんだよ。

ビーネット21も自分が会長になってからは会則をかなり薄っぺらに変えちゃったなあ。

自分の仕事のキモは?簡単に言えば、選択かな。
いかに状況判断して対応するか?皆さんが困っちゃったなあという時にぱっとする「選択」が仕事だと思う。

 

「お金」から見る、人への姿勢、仕事の姿勢、

おふくろは、面倒見が良くってね、ホームレスが来るとごはんあげたりしてた。
だから、おふくろのお葬式には多くの人が参列してくれた。

そんな、おふくろの口癖が「死んでしまったらなにも持っていけないんだから」

 

死んで、もっていけない。

あの世にお金もなにも持っていけないから、使っちゃえば良いと思っている。
もちろん、経済力はある程度なければいけないけど、
あまりケチケチしないようにはしているよ。
 

あなたは、どのくらい持っていたらお金持ちですか? って問われたら、
料理屋さんで躊躇なく、一番高いものが頼めるとしたら、今、お金持ってるなあと思う。
その程度しか認識ない 。

 

いつも言っているのは「人をタダで使うな。」

たとえジュース一本でも感謝の気持ちを表す。あるいは借りておいて、まとめて返す。
人をただで使えばその時は得したように思うけどね、人間関係がなくなっちゃう。

緊急の仕事で、夜中に来てもらったら、割増して払う。
だって、そういう時は、いくら払ったって欲しいわけだからね。

でも、うちがお客様に請求するのは、通常+交通費。
割増し請求はしない

まあ、それをずっと積み重ねて行っているので、今のところうまくいっている。
中には、通じない相手もいるけどね。

 

半日でも、終われば一日分の日当を払う。

仕事で大切なことは、全力投球して、すること。
全力でやるほうが怪我はしないし、真剣にやるから良い仕事をする。

時間で、だらだらすると怪我のもと。失敗のもと。

だから、時間調整してはいけない。
昼までにやるよっていえば、真剣にするじゃない。
本気でやれば終わるんですよ。

お昼で終われば、片付けて、帰って良いというよ。
極力そういうお願いの仕方するから、みんな一生懸命する。
手離れが良い仕事ですよ。

社員さんも同じ。仕事が終われば帰っていいよ、お茶飲んでなよ。
っていう。

時間調整しちゃダメ。
その代わり「これは今日中にやってね」といえば、真剣にやる。
全然問題ないですね。

 

あなたは今日、何をしに来たの?

と、今日する仕事をはっきりと理解していただく。そこを明確化しておくことは大事。
終わったらちゃんと確認してね、と申し添えておくと、仕事がキチンとできて早くなる。

その代わり、トラぶったりしたらすぐ呼ぶよ。

 

正直に言ってもらう

プライベートで何かあれば、休みたい。遊びであろうとね。でしょ?

だから、用事があって休むときは、前もって正直に言ってもらう。

バンドが趣味で今日は練習がある、ってなれば、仕事が忙しくても休みたいでしょ?
釣りが趣味で、その日が、解禁日だったら、休みたいでしよう?
だから、休みたければ、休め。ちゃんと、言え。って思っている。

もちろん、本人から言わせるようにしているけどね。

常に、「仕事」は万全に整えて臨んでもらいたいから、その人の多くを尊重したいと思っている。

 

お客様が困ったときに頼んでくるのは良いこと

ゴールデンウイークのさなか、業者にドタキャンされて、お客さんが泣きついてきたことがあってね、
仕方ないので、高い材料買って、特殊な工場で加工して、対応した。
こういう時に、助けてくれる職人さんがいるのは強い。
日頃、金払いよくしていると、うちの仕事を優先してくれるし、助けてくれる。

緊急で呼び出したとき、夜中に呼べばプラスアルファつけておく。上乗せする。

だから次も来てくれる。

信用をつける

社長業、日本は中小零細は個人補償。こけたら、社長が全て取られる。
だから日本は大変。

自分が会社を辞める目安は、銀行がお金を貸さなくなること。
だから銀行から、ちゃんと借りて、ちゃんと返す。
期限も少し早くね。3ヶ月借りたら、2ヶ月半で返すとかね。

うちは月末〆で翌20日で全て現金で払う。土日だと前倒しで払う。とにかく、借金してでも払う。
すると、協力会社の人がついてくる。金祓いが良いほうがいいし、現金が良いでしょ?

だから大手さんと直取引できる、今も某大手から取引させてくれと言われている。
信用を築くには、14年かかったけど、だからこそ大企業からも信用されるようになった。

 

この先

後継者の育成

会社を始めた時は、自分が食べていければ良いと思った。
自分の技術で嫌いな仕事は受けないで元請けだけして、食べていければよいとおもった。

ところが、だんだん人が増え、その人にも家族がいる。そうとばかりも言えなくなってきた
責任が生じてきた。頑張って仕事しなきゃね、ということになってきた。

Q,会社はこれからどうしたいですか?

これから先は、つぎの後継者に引き継ごうと思っている。
口は出さないようにして、これからを担ってくれる人にしてもらおうとしている。

自分でするなら全力でするけど、自分の思ったことを半分も出来る人はいない
と思ってる。自分と同じことを出来る人はいないんだよ。

だから、課題を渡して、ひとつづつクリアさせている。
全てクリアできたら渡そうと思っている。

 

最後に

宇田さんのおはなしを伺い、その柔らかな物腰の奥にある気骨に触れ、益々ファンになりました。
次回は、私が宇田さんから学んだことをお伝えしてまいります。

宇田さん、ありがとうございました。

お読みいただいた皆様、ありがとうございます。

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人に学ぶ

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人に学ぶ 宇田榮二さん

こんにちは。人生に花咲きコーチYUIです

「人は体験したことに耳を傾ける」といいます。
実体験の話はそのくらい、人の耳を開かせ、惹きこむチカラがあるのだと思います。
「人に学ぶ」は、魅力あるリーダーのかたたちに突撃インタビューをさせていただき、お伝えするブログです。
考え方、人との関わり方、行動など、その魅力のエッセンスを伺い、お伝えしていきます。

第2回めは、有限会社テクノ 代表取締役の宇田榮二さんです。

宇田さんビーネット21

 

安心感を創り出す人

宇田さんは、いつお会いしても、お洒落で穏やかな笑みを浮かべているダンディーな方です。
私が入会させていただいた異業種交流会Be-net21で、会の代表も務めています。
入会当初、緊張して参加していた私に、さりげなく接してくださり、
おかげさまで徐々に会に馴染むことができました。
また、同じ干支と伺い、同じ年の気安さも手伝い、親近感を感じておりました。

ところが・・・。

ひと回り上の同じ干支!と、判明。
でも、どう見ても、どう話しても、同じ年にしか見えないし、感じないのですが。

常に柔和な表情でさりげなく相手を尊重し、居心地よく接してくださる。
全く「上から目線」を感じさせない雰囲気は、さりげなさの達人かもしれません。
一方、きちっと、リーダーの責任を全うしていらっしゃる。
メンバーもリーダーが多い集団ですが、みなさん、自分らしく楽しく自立的に活動しています。
人生を楽しもうとする意欲、姿勢。
そして、人生のパートナーは30歳下の美女!

知れば知るほど、魅力的で不思議な感じ。な、男性です。
宇田さんのおはなし、特に世の独身男性に読んでいただけたらなあと思います(笑)

 

軌跡その1 誕生~学生時代

誕生~学生時代

生時は、母が産気づいて近所の助産婦さんのおうちに行く途中で生まれちゃったのだそう。

おうちは、大きな農家。4人兄弟の末っ子。3世代同居。ときに他人とも一緒に過ごしてきた

少期、兄姉に怖い話をされては、よく泣いていた。
年の離れた兄姉、祖父母、出稼ぎの人たちと、飲食をともにしたりして
いつも10~15人位の人たちと一緒で、大人に囲まれて育った。
記憶にあるのは、当時は、やることもないので、周りの人がしていることをよく見ていたことと、
大工をしていたおじさんに将棋を教わり、定石がある事を知り、夢中になっていた。
人とは、どう付き合うのかなあ?などと、考える生意気でシャイな子供だったかなあ。

学校高学年あたりから、少しずつ、母に言われたのは
「中学生になったら自分で何でもするんだよ。お前は、長男じゃないんだから、
自分で生きていかなければならない。他人の世話になるんだからね。
何しても良いけど、警察ざたになったり自分より弱い立場の人を困らせることはしないでね」

学生になってからは、弁当も洗濯も自分でした
(長男は作ってもらっていたけど)
中学時代は、結構奥手で、男女関係なく、誰とも意識せずに付き合っていた。
勘違いされて年下の女の子が手紙をくれたりもした。
異性として意識しなかったので、どんな子でも同じように接していたからだと思う。

団塊の最後の世代で、常に生存競争。
高校入試も3.5~5倍などの倍率で、中学の先生から、「お前はダメだろう」と、言われた。
けど、自分だけ、試験が受かった。

悪運が強いんですよ。後で聞いたら補欠で受かったんだって。

校時代、それまでは、背が小さかったけど高校で約30センチのびた。
朝5~8時まで、魚市場でせりの準備をするアルバイトと、実家で、バイトをしていた。
当時、実家がガソリンスタンド経営をしていて、資格をとってバイトしてた。 
国家資格なので、ちゃんと大人と同じバイト料もらって、資格を取るとお金になると知った、
初めての経験。
で、もらったお金で、写真が趣味だったのでカメラや現像する機械を買っていた。

学校では、科学研究クラブで、実験したり、化学反応を起こしては遊んでた。
あとは生徒会の機関紙を創る活動をして、他校に取材しに行ったりした。
当時は、県内の高校生徒会が集まって、一緒に活動したり、協同して文化祭などもしていたんだよ。
振り返って見ると、様々なジャンルの人とつながって、色々な人と友達づきあいをしていた。
番長クラスともつながっていたりして、ケンカの仲裁役もしたよ。

今から思うと、異業種会みたいだね(笑)

そして、おふくろは17歳の時に先に死んじゃった。
思えば、自分がいなくても困らないようにしてくれたのかなあと思う。
で、今も、掃除も洗濯も料理も苦じゃない。

 

会社員~起業、現在

業後は住友化学に入社。
会社を受けるときに、先生から「お前、高校入学時は補欠で入ったのになあ」と感慨深げに
言われた言葉は今でも覚えている。 .

入社後は、中間幹部候補として3年間教育を受けた。
現在ある基礎知識の90%は、その時に学んだと、今も感謝している。

けれど、5年間在籍したが、当時は、光化学スモッグなどの環境汚染がひどく、
こんなところにいたら死んでしまうと思い、退職。

退職後は、Uターンし、アルバイトなど経て、地元企業に入社、24年間在籍。
子会社として、設備部門をゼロから立ち上げ、創りあげ、成長させた。
最初は、某大手メンテナンス会社に顧問料を払い、ホテルの仕事のアウトソーシングを学んだ。
今では、当たり前のトイレの紙を△に折るなどは、当時は画期的なことだった。
その後、某大手ホテルとご縁があり、何十年と設備担当として常駐させていただいた。
長らくいたため、社員だと多くの方が勘違いしていたほど。
設備の仕事だけでなく、ホテルマンのサービスなども大いに学ばせてもらいつつ、
揺るぎない信頼関係を築いていった。ホテルの皆さんが社員旅行に行った際など、
ナイトマネージャーとして総権限を持たせてもらったりした。

そんな順調満帆なあるとき、自社で承服できない事案が起こり、イエスマンばかりの中、
反対したのは自分だけだった。
それを気に退職。

そして、退職から2ヶ月後、
限会社宇田テクノを起こし、現在に至る。

宇田さん、起業以来、営業したことがないのだそうです。
前職とは、一切かかわらない。ゼロから仕事を取っていこうと決めて、スタートしましたが、
蓋を開けてみれば、以前、一緒に仕事していたお客様の社員さまとか、様々な人たちが
新たな仕事を紹介してくれたのだそうです。
もちろん、ご縁を作ってくれた仕事のその後は自助努力はしています。
そうして人に助けられ、ご縁をいただきながら、成長曲線にのり、今に至っているのだそうです。

 

宇田流ベースライン

そんな「宇田流仕事のベースライン」を勝手ながらまとめました。
次回は、宇田さんが信条とし、実践していること、仕事に向かう考え方、人との接し方、
などをお伝えしていきます。

☑ 人は天狗になる
☑ ならぬものはならぬ
☑ 全部、教える
☑ NOと言わない
☑ 考え方
☑ モチベートする

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